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新潟でジャポニスム

 本願寺文化興隆財団(理事長=大谷暢順本願寺御法主台下)は平成29年11月12日、新潟市中央区の新潟県民会館大ホールで「ジャポニスムin新潟-新潟のこころを世界へ」を行いました。主催はBSN新潟放送、共催が当財団と新潟市。台下や有識者によるシンポジウム、大谷祥子当財団参議(本願寺御裏方)ご出演の新内節(しんないぶし)浄瑠璃、歌手・小林幸子さんのコンサート等を開催、地元の文化人等約600人が集いました。
 催事はBSN新潟放送創立65周年、新潟市政令指定都市・区制移行10周年、当財団創設105周年の記念事業。会場入口周辺では人間国宝・室瀬和美氏の漆芸品、伝統工芸品や新選組の刀剣等を展示する「ジャポニスム名品展」を実施したほか、台下、竹石松次BSN代表取締役会長、宗教学者で当財団の文学賞「蓮如賞」選考員である山折哲雄氏によるシンポジウムを行いました。
 その中で台下は、厳しい風雪等、新潟の風土によって育まれた親鸞聖人の信心を紹介。新潟県民の心を「越後イスム」と命名された上で、その精神や文化を広く国内外に伝えるべきと訴えられました。(全文はこちら
 この後、古武道演舞、人間国宝・鶴賀若狭掾(わかさのじょう)氏と祥子御裏方が共演した新内節浄瑠璃、小林氏のコンサート等と続きました。なお、盛会のもようは11月25日、BSNテレビの特別番組で1時間にわたって放映されました。


台下、山折哲雄氏等によるシンポジウム
   台下、山折哲雄氏等によるシンポジウム
  
新潟の心を説かれる台下
   新潟の心を説かれる台下 (全文はこちら
    
大谷祥子御裏方出演の新内節浄瑠
   大谷祥子御裏方出演の新内節浄瑠
    
台下へのTV特番のインタビュー
   台下へのTV特番のインタビュー


シンポジウム 台下ご発言全文


 仏教説話の中にこんなお話があります。或街に長者がいました。長者の家はとても大きいのですが、そこに出入りするには小さな門が一つしかありませんでした。或時長者が仕事先から帰ってみると、たいへん!家が火事です。それなのに燃え盛る火の中で長者の子供達三人が無心に遊んでいるではありませんか!長者は慌てて「おーい、すぐ出ていらっしゃい!そうでないと君達焼け死んでしまうよ!」と叫ぶのですが、子供達は耳を貸しません。長者は困ってしばらく思案しました。

 そして「そうだ、あの子達は以前からそれぞれに羊の車、鹿の車、牛の車を欲しがっていた。」と思い出し、「おーい君達、門の外に以前から欲しがっていた羊の車、鹿の車、牛の車があるぞ!」と叫びます。それを聞いた三人の子供は、大喜びで、我先にと門から走り出て来ました。けれどもそこには、玩具の羊、鹿、牛の車ではなく、本当の立派な大きな車があって、子供達はお父さんの長者と一緒にそれに乗って、安全な場所へ避難できたというのです。

 お分りでしょうが、これは佛様を長者に、我々人間を子供達に準(なぞら)えた説話です。

 そして今の世の中は、当に燃え盛る火の中にあると教えているのです。

 私達は、北朝鮮が攻めて来る危険や、その国へ何十年も前から大勢の我々の同胞が拉致されている事や、中華人民共和国の脅威を蒙(う)けている尖閣列島の問題について、「私には関係ない、私にできる事はない、それよりも私達の生活の向上のほうが大事だ」と思っていないでしょうか? それに環境問題にしても、犯罪の増加にしても、身の回りには危険が一杯あるのに、私達は、自分だけは大丈夫と勝手に決め込んではいないでしょうか?

 假令(たとえ)危険が迫っていても、周りに大勢人がいると、誰かが逃げ出さない限り、「何か変だな」とは思いながら、人間は行動に移らないものだということが実験で分っているらしいですが、そんないい加減な気持でその日その日を暮していていいのでしょうか? やはり我々は一人一人自分自身の人生をよく考えるべきだと思います。

 そして本当の仕合せを感得しなければなりません。それは信仰を持つ事、信心を得る事です。「信心」は「まことのこころ」と書きます。真の心とは、私利私欲で動かない事、自分さえよければよいと思わない心を指します。一見当り前のようですが実は仕合せへの一本道なのです。

 ところで本日のテーマのジャポニスムですが、これについてもお話があります。江戸時代の鎖国が解けて、ヨーロッパやアメリカの人々が続々と日本を訪れるようになりましたが、その中の一人が、店で買い物をしたところ、それを店員がくるくるっと紙に包んで渡したのを見咎(みとが)めて、開いてみたらそれが一枚の見事な浮世絵だった。日本では、こんな立派な芸術作品が包装紙に使われているのかと腰を抜かしたというのです。

 それ以来、西洋人は大擧して来日し、二束三文で売られている、或(あるい)は只(ただ)でその辺に転がっている芸術品を、目の色を変えて蒐集(しゅうしゅう)し始めました。そこでジャポニスムという言葉が生れました。ですからジャポニスムというのは、素晴しい文化の国・日本という意味です。

 このお話で分る事は、日本は世界中が感歎して已(や)まない文化を備えている、それは二千年以上の神代の昔からの神道の教、それに六世紀に大陸から伝来した佛教が完全に融合して培われて来た日本の心、日本人の心の表れであります。

 そして外国人の日本礼讃は今でも続いています。ところがこの事実を知らない日本人が案外多いのです。そして政治、経済、教育、社会問題など、物心両面の文明・文化に於いて、海外諸国に追随し、逆に日本を世界の劣等国だと思い込んでいます。

 19世紀後半にジャポニスムという言葉迄生れて、「日本は立派な国だ、高い文化に生きる国だ」、と外人が教えてくれたのに、それから一世紀半以上時を経た今日になっても、未だにこれに気付かない人々のあるのは、情気ないではありませんか!

 それでは新潟の心を新潟の県民性から考えたく思います。新潟の精神風土の形成には、鎌倉時代初期の高僧・親鸞聖人によって開かれた浄土真宗が大きく寄与しています。

 新潟は、越後も佐渡も、日本海の荒海に面しています。ここで親鸞聖人は、この海をまるで人生のようだ。世の中は荒海であり、我々はその中で浮いたり沈んだりしている。そんな感懐に耽(ふけ)っておられた時、たまたま雲間から日が射して、水面が波できらきらと輝いた。聖人はそこに御佛が我々有情(うじょう)を救い取りに来られるお姿を豁然(かつぜん)として霊感せられたのであります。それは荒海の中を悠然と我々有情救済に漕ぎ寄せて来る大船の姿となって聖人の心眼(しんげん)に映(えい)じたのでした。


  「生死(しょうじ)の苦海ほとりなし
    ひさしくしづめるわれらをば
  弥陀の弘誓(ぐぜい)のふねのみぞ
    のせてかならずわたしける」


 これは聖人の詠まれた和讃です。

 繰り返しになりますが、皆さんには仕合せになってほしい。それには、恩を感じることです。足るを知ることです。仏教には四つの恩と書いて、四恩(しおん)という言葉があります。親子の恩、先生と友人の恩、天地自然の恩、そしてお国の御恩です。

 聖人の教が重きをおく内省は県民性である「粘り強さ」「勤勉」の土台となったほか、「新潟県民は無口だが、親切」と他府県民から言われるように実直性も培いました。「頼めば越後から米搗(つ)きにも来る」の諺通り、越後人は誠実で律儀な人柄で知られます。

 こうして見ますと、新潟の心は日本の心、ジャポニスムの原風景の一つと言えましょう。この豊かな新潟県人の精神性を、私は「越後イスム」と呼ぼうと思います。「越後イスム」を今日のこの日から世界に伝えていこうではありませんか。